東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9080号 判決 1981年4月27日
原告(第六三七五号・第七二七三号本訴請求事件原告、第九〇八〇号反訴請求事件被告) 田中繁子
被告(第六三七五号・第七二七三号本訴請求事件被告、第九〇八〇号反訴請求事件原告) 日電総合株式会社
主文
一 原告、被告間の昭和五〇年一二月二五日付準消費貸借契約に基く貸金一五〇〇万円、弁済期昭和五一年三月二四日、利息年一割五分、遅延損害金年三割とする債務のうち、貸金一三六九万五〇〇〇円を超える部分及び利息債務が存在しないことを確認する。
二 原告と被告間の別紙物件目録記載(一)ないし(五)の各不動産につき昭和五〇年一一月二七日に設定された極度額一億円、債権の範囲金銭消費貸借・手形債権・小切手債権、債務者原告、根抵当権者被告とする各根抵当権のうち、いずれも極度額二二〇〇万円を超える部分が存在しないことを確認する。
三 被告は原告に対し、別紙登記目録一記載(一)ないし(四)の各仮登記の極度額を二二〇〇万円と改める更正登記手続をせよ。
四 原告は被告に対し、別紙登記目録二記載の各仮登記に基づく本登記手続をせよ。
五 原告のその余の本訴請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は本訴反訴を通じ、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(昭和五二年(ワ)第六三七五号及び同年(ワ)第七二七三号本訴請求事件)
一 請求の趣旨
1 原告と被告との間において、原告が被告に対し昭和五〇年一二月二五日付の貸付金一五〇〇万円、弁済期昭和五一年三月二四日、利率年一割五分、遅延損害金年三割とする準消費貸借契約に基づく債務を負担しないことを確認する。
2 原告と被告との間において、別紙物件目録記載(一)ないし(五)の各不動産につき昭和五〇年一一月二七日に設定された極度額一億円、債権の範囲金銭消費貸借・手形債権・小切手債権、債務者原告、根抵当権者被告とする根抵当権が存在しないことを確認する。
3 被告は原告に対し、別紙物件目録記載(一)ないし(五)の各不動産につきなされた別紙登記目録一記載(一)ないし(四)の根抵当権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(昭和五二年(ワ)第九〇八〇号反訴請求事件)
一 請求の趣旨
1 原告は被告に対し、別紙登記目録一記載(一)ないし(四)の各仮登記に基づく本登記手続をせよ。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
(昭和五二年(ワ)第六三七五号及び同年(ワ)第七二七三号本訴請求事件)
一 請求の原因
1 被告は原告に対し請求の趣旨1記載の債権を有すると主張している。
2 原告は別紙物件目録記載(一)ないし(五)の各不動産を所有している。
3 被告は、右各不動産につき別紙登記目録一記載(一)ないし(四)の根抵当権設定仮登記を有し、右根抵当権を有すると主張している。
4 よつて原告は被告に対し、右借受金債務及び各根抵当権の存在しないことの確認及び右各仮登記の抹消登記手続を求める。
二 請求の原因に対する答弁
1 請求原因1ないし3の各事実は認める。
2 同4は争う。
三 抗弁
1 被告は、昭和四九年五月頃から数回にわたり、原告に対し金員を貸付けていたところ、更に昭和五〇年一一月末頃原告から借金の申し込みを受け、同年一二月中頃及び二五日に金員を貸付け、右貸付金の合計が一三二〇万円に達した。そこで右同日原告と被告は、右各貸付金を一口の貸金とし、弁済期同五一年三月二四日迄の月四分の割合で三ケ月分の利息一八〇万円を天引きしたことにして、貸金一五〇〇万円、弁済期同年三月二四日、遅延損害金年三割とする準消費貸借契約をした。
2 前記のように、被告は、原告から昭和五〇年一一月末頃借金の申込みを受けたので、この際、従前及び将来の貸付金を担保するために、原告と同年一一月二七日本件根抵当権設定契約をし、同年一二月二日その旨の仮登記手続をした。
四 抗弁に対する答弁
1 抗弁1事実は否認する。原告は被告から昭和五〇年一二月二五日頃七〇〇万円を借り受けたことはあるが、被告主張の準消費貸借契約を締結したことはない。
2 同2の事実中、原被告間で本件根抵当権設定契約をし、その旨の仮登記がなされたことは認め、その余の事実は否認する。
五 再抗弁
1 本件準消費貸借は、その基礎となる債務が存在しないから無効である。すなわち、原告は被告から昭和四九年五月頃五〇〇万円を借りたことがあるが、同年九月に右借金を全額弁済をした。その後は原告は被告から前記のように七〇〇万円を借りたのみである。
2 本件根抵当権設定契約は通謀虚偽表示で無効である。原告は、当時夫の田中道繁と離婚するに際し、同人から慰藉料として三〇〇〇万円を支払うよう強く要求されていた。そこで原告は、被告代表者森本勇と通謀し、右夫の要求を断念させる手段として、真実、本件各不動産に根抵当権を設定する意思がないのに、その意思があるかのように仮装し、本件根抵当権設定契約をなしたものである。
六 再抗弁に対する答弁
再抗弁1、2の事実はいずれも否認する。
(昭和五二年(ワ)第九〇八〇号反訴請求事件)
七 請求の原因
1 本訴請求事件の抗弁2記載のように、被告は、原告と昭和五〇年一一月二七日本件根抵当権設定契約をし、同年一二月二日その旨の仮登記手続を了した。
2 よつて被告は原告に対し、本件根抵当権設定仮登記に基づく本登記手続を求める。
八 請求の原因に対する答弁
1 請求原因1の事実中、原被告間で本件根抵当権設定契約がなされ、その旨の仮登記がされたことは認める。
2 同2は争う。
九 抗弁
本訴請求事件の再抗弁2と同様である。
一〇 抗弁に対する答弁
抗弁事実は否認する。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1ないし3の各事実及び原告と被告との間で本件各不動産につき根抵当権が設定されたことは当事者間に争いがない。
二 被告代表者の供述(第一回)により成立の認められる乙第一景証の一、成立に争いのない乙第一号証の二、同乙第二号証の一、同乙第六号証、証人山口武の証言、被告代表者の供述(第一、二回)によれば、被告は、原告に対し昭和四八年一一月頃小料理屋を開く資金として約六〇〇万円を貸付け、右貸付金については全額弁済を受け、その後、昭和四九年五月頃五〇〇万円を貸付けその一部の弁済を受けていたところ、更に原告から同五〇年一一月末頃、夫との離婚問題処理等のため少しまとまつた金が必要なので融資して欲しい旨の依頼を受け、これに応ずることにした。そこで被告と原告は、従前及び今回予定の貸付金を担保するため、昭和五〇年一一月二七日本件根抵当権を設定した(但し、右同日、本件根抵当権を設定したことは当事者間に争いがなく、また右根抵当権の極度額の点については後に判断をする。)。続いて被告と原告は、同年一二月二五日、従前の貸付金と右同日貸付ける金員とを合計して一口の貸金とし、一五〇〇万円の準消費貸借を締結することにした。そして被告は、右準消費貸借契約の弁済期である昭和五一年三月二四日までの三カ月間の月四分の割合による利息一八〇万円を天引きすることにし、昭和五〇年一二月二五日、原告に対し、従前の貸付金との合計が一三二〇万円になるまで貸付けた。その結果、右同日、原告と被告間で、貸金一五〇〇万円、弁済期昭和五一年三月二四日、遅延損害金年三割とする準消費貸借契約が締結された。以上の各事実を認めることができる。
原告は、昭和五一年一〇月頃、被告代表者らに東京の赤坂東急ホテルの一室に監禁され強迫されて、根抵当権設定金銭消費貸借契約書(乙第一号証の一)、債務確定承諾書(乙第二号証の一)、領収書(乙第六号証)の各書面に署名、捺印した趣旨の供述をするが、右供述は、証人山口武、被告代表者の供述に照らし信用できない。
原告は、更に、昭和五〇年一二月二五日当時、被告からの借受金は全額弁済しており、右日時に七〇〇万円を借りたに過ぎない旨主張し、原告本人は右主張に副う供述をするが、右供述もまた前出各証拠に照らし信用できず、他に原告の右主張を認めて、前記認定を左右するに足る証拠はない。
なお、乙第一号証の一及び乙第六号証は、昭和五〇年一二月二五日に被告が原告に対し、一括して一五〇〇万円を貸付けた趣旨の記載となつているが、被告代表者の供述(第一、二回)及び弁論の全趣旨によれば、前記のように原被告間で従前の貸付金を合計して一口の貸金として準消費貸借契約を締結したが、その際、便宜的に右日時に一括貸付けた趣旨の消費貸借契約をしたような形式をとつたものであることが認められ前記認定と抵触するものではない。
また前記のように本件では利息を天引きしているにも拘わらず、乙第一号証の一には、利息年一割五分と定めた旨の記載があるが、弁論の全趣旨によれば、右は、利息制限法の規定を考慮して記載されたものであることが認められ、これまた前記認定と抵触するものではなく、原告が不存在である旨主張する債権と右認定の債権との同一性を損うものでないことはいうまでもない。
ところで、前記認定によれば、本件貸付けにあたり、被告は月四分の割合で三月分の利息を天引きしているのであるから、利息制限法により定められた利息を超過する一三〇万五〇〇〇円は元本の支払に充てたものとみなされるので、本件準消費貸借の残元本は一三六九万五〇〇〇円となる。
三 次に、原告は、本件根抵当権設定契約は通謀虚偽表示で無効である旨主張するので判断する。
被告代表者の供述(第一回)によると、原告は、昭和五〇年春頃から、夫の田中道繁から離婚にともなう慰藉料を強く請求されまた他の債権者からも債務の返済を求められていたこと、原告と被告が本件根抵当権設定契約をした際、右夫を含めた債権者対策として将来原告と被告との貸借関係から生ずるであろう債権よりも極度額を大きく設定したことが各認められる。
原告本人は、本件根抵当権は、夫からの慰藉料請求に対抗するために仮装してなしたものである旨供述するが、右供述は、前記のように被告は原告に対し、本件根抵当権設定契約の前後を通じて金員を貸付けており被告が全く担保なしに右金員を貸付けたとは特別の事情のない限り考えられないこと及び被告代表者の供述に照らし信用できない。他に前記認定を出て、本件根抵当権設定自体を通謀虚偽表示であると認めるに足る証拠はない。
以上の事実によれば、本件根抵当権設定自体は、原被告らの真意に基づいてなされた有効なものであるが、一億円の極度額は債権者対策のために原被告らが通謀して水増しして定めたものと認められる。
従つて、原告の本件根抵当権設定仮登記の抹消登記請求は理由がない。
しかしながら原告の本件請求は、その一部の抹消というべく極度額を減額する更正登記をも包含していると解するのが相当であるから次に原被告間で本件根抵当権設定当時、いくらの極度額の根抵当権を設定する合意があつたかについて検討する。
本件全証拠によるも、原被告間で具体的にいくらの極度額の根抵当権を設定する合意であつたか明らかではない。従つて、本件においては、本件根抵当権を設定するに至つた経緯及び根抵当権制度等を全体的に勘案して、当事者の意思を合理的に解釈して極度額を認定するのが相当である。そして、原告が本件貸付金を弁済しなかつたため現時点において相当多額の遅延損害金が発生する結果になつているが、前出乙第一号証の一及び被告代表者の供述(第一回)によると、昭和五〇年一二月二五日当時、原被告は本件各不動産を売却して本件貸付金を比較的早期に清算することを予定していたものと認められる。そうであるならば、原被告とも、本件貸付金につき、それほど長期間にわたつて未決済の状態が続くことは予定していなかつたものと考えられ、現時点における元利合計額全部を担保する意図で本件根抵当権の極度額を定めたものとみることはできない(この点に関する被告代表者の供述(第一、二回)は信用しない。)。そして、前記認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、本件根抵当権を設定した当時から、被告は従前の貸付金等(利息、遅延損害金を含む)をあわせ、前記認定した準消費貸借程度の貸付けを予定していたことが窺われること、本件準消費貸借契約をした後は、原被告間で金銭の貸借関係はなかつたことからみると、原被告双方とも、少なくとも本件準消費貸借上の貸金額及び右金員に対する相当期間の利息及び遅延損害金を本件根抵当権で担保する意図であつたことが推認される。そして右相当期間は、前記のように原被告双方とも昭和五〇年一二月二五日の本件準消費貸借締結の時点において、本件不動産を処分してでも本件貸付金を早期に清算するつもりであつたこと、右時点以降原被告間に貸借関係はなく、原被告間の取引は事実上終了していること、民法三九八条ノ二一の規定の趣旨すなわち、元本が確定したにも拘わらず、利息・損害金がいたずらに増加し、その全額について優先権を認めるのは妥当ではないとして、根抵当権設定者、後順位権者の保護の見地から元本確定後の極度額の減額請求を認めた規定の趣旨及び公平の見地から考えると、本件根抵当権は、本件準消費貸借における貸付金及び右貸付金に対する弁済期の翌日から二年分の遅延損害金を担保するものとして設定されたものとみるのが相当である。そして本件では、月四分の割合で三カ月分の利息が天引きされているので、その超過部分は元本の支払にあてたものとみなされるので、残元本は一三六九万五〇〇〇円となり、右金員に対する年三割の割合の二年分の遅延損害金は八二一万七〇〇〇円であり、その元利合計は二一九一万二〇〇〇円となる。そして、本件取引における根抵当権の極度額は少なくとも一〇〇万円単位で定められたとみるのが合理的であるから本件根抵当権の極度額は二二〇〇万円とみるのを相当とする。従つて、本件根抵当権の極度額一億円とあるのは二二〇〇万円と更正せらるべきものである。
四 以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求は、本件準消費貸借の貸金が一三六九万五〇〇〇円を超える部分及び利息債務が存在しないことの確認及び本件根抵当権が極度額二二〇〇万円を超える部分が存在しないことの確認並びに本件根抵当権の極度額を二二〇〇万円と改める更正登記手続、を各求める限度で理由があるから認容しその余の部分は理由がないから棄却することとし、被告の原告に対する反訴請求は、右更正登記がなされた仮登記につき本登記手続を求める限度で理由があるから認容し、その余の部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 満田忠彦)
物件目録<省略>
登記目録一、二<省略>